オーナーシェフ 中田浩司さん ソムリエ 中田朋子さん(左)沖縄原産山葡萄 リュウキュウガネブリキュール「涙」(右)ワイン「涙」
沖縄原産山葡萄『リュウキュウガネブ』の生産から醸造、そして宿泊付きレストラン『オーベルジュ・ ボヌシェール ラウー』を営むご夫妻。
前半では、沖縄県産食材にこだわり、オーベルジュ文化を追求するお二人のお話を伺いました。
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-現在、ご夫婦でワインも作っておられるわけですが、きっかけを教えて下さい。
シェフ:ワインを少しでも勉強したことがある人は、沖縄にブドウがあるなんて思ってもいない。
「ある」ということ自体を知らされていないのです。ましてや沖縄でワインが作れるなんてことは考えもしない。僕もその一人でした。けれどもある時、妻が「沖縄にもブドウがあると、以前本で見た」と言うんです。
リュウキュウガネブという沖縄原種の山ブドウがあるという。僕はすぐに本屋に行き、さらに色々と調べていったら、それがワインになるということを知りました。
-それは何年前ですか。
シェフ:2006年です。17年ぐらい前。調べた本にはリュウキュウガネブの写真がなく、沖縄で探しようにも見本がないので探しきれなかったのですが、日本ブドウの権威である香川大学農学部の望月教授に連絡をしたところ、沖縄に普通に生えているとおっしゃるので、沖縄に来ていただいて一緒に探しました。
ずいぶんと沖縄本島のあちこちを探しましたが、全然みつからない。北谷から嘉手納までずっと上がり、琉球村にもなく、諦めかけ、最後に真栄田岬を探したところ、なんと生えていたのです。
店から目と鼻の先、一番近い場所に生えていたという運命的なお話です。リュウキュウガネブの葉を覚えてからは、ちょこちょこみつけられるようになりました。
-みつけた時は、実はついていたのですか。
シェフ:その時は、実はついていなかったです。
-実をつけてブドウにしていくまで、どのようにして今に至るのでしょうか。
シェフ:香川大学に石垣産のリュウキュウガネブがありました。望月教授から沖縄で育ててみてくださいと苗木を3本いただきました。鉢に苗木を植えて、ベランダで育ててみると、沖縄の自生植物ですので、ぐんぐん伸びました。
ついに、花が咲いたので大喜びで「先生、これでブドウの実がなるんですね」と電話をしました。すると「原種の山ブドウなのでオスとメスの両方がいないと実がなりません。中田さんにはメスの苗木をお渡ししたので、オスと受粉をしないと実はつかないです」と残念なことを言われたんです(笑)。
「先生、そうだったんですかぁ」とガッカリしていましたら、後日、オスの苗木が1本、送られてきました。
それが 2006年、あれから17年。17年というたくさんの時間を費やして、やっと、なんとかここまできました。本土でブドウ園をやるとしたら、苗木屋さんから苗木を集めて買って、畑さえあれば一気に植えられますが、沖縄ではリュウキュウガネブの苗木が売っているわけではない。イチから全部、自分で苗木作りをしなければならない。ですからこれだけの長い時間がかかったわけです。
-すごい時間ですよね。1年間で実がなる期間はどのくらいなのでしょうか。
シェフ:大体8月の終わりから 11月ぐらいまで実はちょこちょこ付きます。
初めて実がついた年は 2008年でした。しかし、台風で全部落ちてしまったんです。さすが沖縄に自生するブドウです。台風が去った後、花が次々に咲いて、受粉したものが残り、10月になんと1kgぐらいの収穫が出来たんです。
これで沖縄でワインができる!と大興奮しました。
-すごいロマンですね。
シェフ:その後、工業技術センターに電話をし、リュウキュウガネブという山ブドウを育てたので、ワインを作ってみたいと連絡をすると、ご担当の方が「本当に沖縄にブドウがあるんですか?リュウキュウガネブというものがあるんですか?」としつこく聞いてきました。
「はい、あります」とお答えしたんです。調べたのでしょうね。「まずは研修生として登録してください。」と案内していただき、研修の中で、初めての沖縄でのワイン造りがはじまり、綺麗に濾過してボトリングまでこぎつけた。それが1番最初です。
-その時は何本ぐらいできたんですか。
シェフ:1本半ぐらいでした。ワイン醸造の研修生として工業技術センターに入った年に、ワインにすることができ、翌年また、自分の畑で収穫したものを加工場に持ち込みまして、2年間、基本的なことを学びながら、2年目は5kgで、一升瓶にして3本ほどワインができました。2年でワインが確実にできる事が分かったので、役場の方や商品開発の方、お世話になった方々を呼んでの試飲会と試食会を、工業技術センターで行いました。それをきっかけにして、色々な方に知られるようになりました。まだ商品になる前のことです。
-実際に商品として、お店でお客様が飲めるようになったのはいつですか。
シェフ:沖縄でのワイン作りに成功したということで、ソムリエとして有名な田崎真也さんもいらっしゃいました。その時に、ミサワワイナリーという有名な女性の醸造家に作ってもらってはと勧められ、田崎さんと一緒に三澤彩奈さんに会いに行きました。
彩奈さんもリュウキュウガネブというブドウを扱ったことがないので、基本に忠実に作ってみますと快諾いただき、2013年のビンテージ56本が、初めて出来上がったのです。
-ブドウはどのくらい送られたのですか。
シェフ:20kg〜30kg近く送ったように記憶しています。初日はミサワワイナリーへ出向き、一緒に作業をさせていただきました。その後、56本が出来上がり、翌年2014年にリュウキュウガネブのワイン涙(ナダ)のお披露目ディナーをお店で行いました。それからは毎年、東京練馬の小さなワイナリーで醸造をしていただいてきました。
-ブドウ栽培の手入れは日々必要ですか。
シェフ:はい、ブドウ農家さんのように完璧にはできないですが、毎日です。
-収穫して、そのワインができるまでの期間を教えて下さい。
シェフ:ボジョレーがあるように、摘んですぐに発酵させてしまえば2ヶ月後にはボトリングもできます。しかし澱引き(おりびき。浮遊物や沈殿物と上澄みのワインを分ける作業)などの過程を丁寧に行っていくとやはり半年以上はかかります。
9月から行って、ゴールデンウィーク前に出来上がるといった具合です。本当は余裕を持って1年ぐらい時間を取りたいんですがね。
-最初にお披露目してから10年が経ちましたが、年によって味は違いますか?
シェフ:そうですね、もちろんブドウの出来でも違うとは思うのですが、ワインの作り手さんによっても違ってくると思います。醸造というものは奥が深く、作り手さんの感覚によるものも大きい。簡単にできるものではないというのがよく分かりました。
ご自身が育てるリュウキュウガネブのブドウ畑を見つめる中田さん
撮影した日は12月。少しだけ実を付けたブドウが残っていました。
-さらに今年からは、沖縄のこのお店で醸造までを行う事にされたとお聞きしました。
シェフ:そうなんです。理由は先ほど述べたように沖縄に醸造を移すことで僕の考えるオーベルジュの完結篇が叶うからです。ブドウの生産から醸造まで、すべての過程を沖縄で行うことに、とても意味を感じています。
マダム:それから、環境に負荷がかからない食材の調達も、やはり地産地消だと思うのです。
幸いなことに当店にも観光の方がたくさんご来店いただきます。特にこの地域は青の洞窟というダイビングスポットがあることで知られており、コロナ前まではオーバーツーリズム問題もありました。
それをきっかけに、環境問題も考えるようになり、自分たちが作ったものを自分たちの土地で消費し、地域で循環させていく事、それが環境の為にも、地域を盛り上げる為にもなり、さらにお客様に喜んでいただける事に気づきました。
お客様に地産地消の食材の紹介をすると「すごいね、こんなのがあるんだ。知らなかった」と驚きが多く、それによる喜びも自分たちに返ってきます。
最近では、農業の技術が進歩して、今までは沖縄のイメージがなかった食材も作られるようになりました。
その一つとして私たちのブドウとワインがありますが、コーヒーや紅茶も沖縄で作られています。
地域の食材がふえることで料理にも幅が広がり、【多種多様なクリエイティブな料理】が生まれる。
それが観光資源となって、沖縄に来たい!となれば地域も活性化し、盛り上げていけます。
私たちはその一躍を担いたいと思っていますので、最近は環境問題にも重きを置きながら食材を選んだり、地産地消でのサイクル作りに取り組んでいます。
-素晴らしいですね。
マダム:その方が楽しいと思っています。
シェフ:海ばっかりじゃないというね。
マダム:そう、ブドウっていうと、海ブドウですかって聞かれるんですよ(笑)。いえ、山ブドウです!と言うと皆さんびっくりされるので、それも楽しいです。
毎年変わる、沖縄の作家さんによるジャケットデザイン
-ワインの名称を涙(ナダ)としていますが、名前に込められた思いをお聞かせいただけますか。
シェフ:沖縄でいうと涙は、たくさんの悲しいイメージがありますが、反対にそうではなく、カリーの世界をイメージして付けました。(カリー(嘉例)は、沖縄の方言で幸運や縁起が良いことを意味する。福を招く言葉として「カリー」と言って乾杯をする。)ワインで乾杯して、嬉し涙に寄り添えるワインでありたいという願いで付けました。
-涙(ナダ)には、ワインの他に、リキュールもあるのですか。
マダム:はい、ワインは絞った後に絞りカスが出ます。それを使いイタリアではグラッパ、フランスではマールというスピリッツを作っていますが、私たちもブドウを余すところなく使いたかったので、リキュール(スピリッツに香味成分を足したもの)を作っています。
お客様の中には、甘口ワインが好きな方や、渋みが苦手な方もいらっしゃるので、このリキュールを使ってカクテルを作り、こうすることで、ワインが苦手な方にもリュウキュウガネブという山ブドウを体験していただけます。
実は今年、嬉しいことに恩納村はワインリキュール特区になったのです。それでリキュールを作ることが可能になり、最大限活用して商品化させていただきました。
-今年、特区になったのですね、素晴らしいですね。
シェフ:国から恩納村がワイン果実酒とリキュールの特区として認定していただきました。それにより、この2種類が生まれました。また、恩納村は今、ハニー&コーラルプロジェクトというものに取り組んでいます。恩納村が取り組むSDGs未来都市計画の一つで、恩納村と沖縄科学技術大学院大学が、ミツバチを使った赤土流出防止とサンゴ保護を目指すハニー&コーラルプロジェクトの一環です。
海を守るために山や陸の整備をする。その為に、蜂を飼って、蜂蜜を取り、その蜂蜜を恩納村が全量買い上げてくれ、その資金を、また赤土の流失を防ぐことに使いましょうというプロジェクトです。
実は、蜂蜜からはミード(ハチミツ酒。ハチミツと水でできる醸造酒)というお酒を造ることができるので、本当はミードも作ってあげたかったのですが、ミードだけは特区の申請に今回、入らなかったのです。
恩納村はリゾートウェディングがとっても盛んなところなので、本来でしたらミードもやりたい。
蜂蜜やミードは、ハネムーンの語源にもなっています。6月がハネムーンと言われる理由、それは、農作業が終わり、蜂蜜を取って、そのハチミツから生まれるミードを飲みながら子作りに励むのが6月。それでハニームーンなんです。
-なるほど。
シェフ:はい。蜂の月なんですね。蜜月というやつです。これがハネムーンの語源になっている。
ですのでとってもウェディングには縁起の良い、繋がりのあるものです。ですからミードを作ってみたいと思っています。
実は、ミードも工業技術センターで半年以上研修をして完成はしているのですが、果実酒とは違い「その他の醸造」というカテゴリーになるため、免許が取れずにできなかったのです。ゆくゆくはミードもやっていきたいと思っています。
マダム:収穫量がまだ全然足りませんが、涙(ナダ)もゆくゆくは結婚式や、喜ばしい席、お友達を祝いたい時などに飲まれる、喜びに寄り添えるワインとリキュールであってほしいなと思っています。
-嬉しい時に飲まれるリュキュウガネブの味の特徴はどのようなものでしょうか。
シェフ:初めて醸造した年、ソムリエの方の感想が、「本当に沖縄料理に合うな」でした。
-ここでおっしゃっている沖縄料理というのは、洋食にアレンジされたものではなく、本来の沖縄料理ですか?
マダム:そうです。山ブドウなので基本的には酸味があるのが特徴なのですが、それに加えて少し塩味というか、ミネラルっぽい感じがあります。
あと、少し土っぽさだったり、キノコのようなニュアンスもあります。けれど余韻はすっきりしていて、渋みもなくすごくさっぱりしてる。ですので、合わせるとしたら沖縄の食材でいうと、ラフテーのようなお醤油やお出汁を使った料理や、油で炒めたチャンプルー料理。油で少しコーティングされたようなものが、すごく合うと思います。
それこそ焼き鳥のタレでも合いますし、そういったカジュアルなシーンでもとっても合います。地元で採れるワインですので、地のものと一緒に合わせるのが1番ベストかなと思います。
-祝いの席だけでなく、沖縄に住んでいる方、沖縄に観光に来られた方も飲んでみたいと思われるワインだと思いますが、出荷量など、需要に応えていく計画や方針はありますか。
シェフ:本当に限られた本数しかおそらくできないと思うので、毎年1粒でも収穫量を上げてみんなに飲んでいただきたいと思いますし、10年後20年後の沖縄のワイン文化に少しでも繋がってくれればいいなと思います。
マダム:自分たちだけでやるというのは限界があります。やはり協力して下さる農家さんを増やすことに鍵があると思いますが、栽培することでどのぐらいの収入や付加価値があるのか、また私たちがどれだけ周知活動ができるかが重要になってきます。
ワイン好きだからブドウを育てたいという方だけでなく、リュウキュウガネブワインの持つポテンシャルや、栄養成分など、多角的に興味持って栽培してくださる方が増えれば、ワイン以外の商品にもなると思いますので…そうですね、協力していただける方がいて下さると何よりです。
シェフ:ブドウを作って 生活ができるようにしないと、農家さんは協力してくれない。それには数を作らないといけない。
マダム:私たちは真栄田に住んでいるので、真栄田をブドウ畑にしようとお話をしますが、サトウキビ畑も多く、基幹産業なのでそれをブドウに変える訳にもいかないでしょうし、それはもう難しいところです。でも夢としては、沖縄のワインバレーになり、産業として成り立つこと。真栄田から拡がって沖縄へ、沖縄からまたアジアに拡がって、さらにアジアから…というように。
実際、台湾などアジアでもワインを作っているところがありますし、沖縄より南で作ってるところもありますので、不可能ではないですし、実際できています。それを色々な方に知っていただき、盛り上げていただけると、やりがいがあると思っています。
-シャンパーニュ地方ならぬ、リュウキュウガネーブ地方みたいな(笑)
マダム:そうですね、リュウキュウガネーブ地方みたいな…いいですね!
青の洞窟で知られる海がきれいな場所で、ご夫妻がオーベルジュをされている…というシンプルなお話ではなく、地元でとれる食材の良さを生かし、それに合わせたワインを葡萄から作り育て、沖縄ならではの食の感動を作り出す・・そこにはワクワクするような【夢とロマン】が広がっていたのでした。