宮國 由紀江さん
栄養士として病院に務めていた頃、患者さんが退院した後、自宅に戻っても病院と同じように食事療法ができないか?という想いから料理教室と宅配サービスを始めることにした宮國さん。
琉球の食医学書「御膳本草(ぎょぜんほんぞう)」に出会い、琉球の食文化に中国伝統医学が深く関わっていることを知りました。薬膳料理を通して沖縄のウェルネス、健康、食というテーマでお話をうかがいます。
-まずは、宮國さんの自己紹介をお願いいたします。
宮國さん:私は沖縄県うるま市で、琉球薬膳を普及させる活動を行っている宮國由紀江と申します。よろしくお願いします。
-さっそくですが、ウェルネス、健康=沖縄というイメージがありますが、宮國さんのお考えをお聞かせいただけますか。
宮國さん:かつて、沖縄県は世界長寿1位ということで注目されていました。
しかし今では欧米化が進み、沖縄県の健康が危ないとも言われています。今では食べ物が変わりましたが、かつての考え方、食習慣を取り戻していけば、再び「あの健康的な島」になるのではないかと思っています。
-ご自身で薬膳料理教室を主催されていらっしゃいますね。
宮國さん:11年間、栄養士として沖縄の総合病院に勤めておりました。勤務をしているとお年寄りから「手術の後の食事に、田芋を出すな」「喘息の治療中はアヒルの汁を出せ」など、学校では習わないことを言われることがよくありました。それが1人ではなくたくさんの方がおっしゃるのです。その時は「またなんか変なこと言っているな」と聞き流していました。
退職後、私は薬膳と出会い、東京で学びます。すると「あの時のおじいおばあたちが話してる内容と一緒だ!」と驚く事ばかり。もしかすると、おじいおばあが話していることは、根拠となる書物や文献があるのではないか?と思うようになり、そこから文献探しが始まります。
すると、あったんです!それは、琉球王朝時代の王の為に作られた食医学書「御膳本草(ぎょぜんほんぞう)」でした。
参照元:http://www.ma-san-meet.jp/book/
御膳本草は、琉球王府の医師である渡嘉敷親雲上通寛(とかしきぺーちん つうかん)が、尚灝王(しょうこうおう)の命を受け清朝時代の中国北京に学び、1833年に記したとされる食医学書です。
尚灝王は持病があり、当時の院長のような立場の医師に、もっと医学を学んで自分の病気を治してほしいと王命します。渡嘉敷親雲上通寛は、尚灝王の主持医ではなかったのですが、命を受け、中国北京へ医学を学びに行きます。その中国で食医学書に出会います。
首里城の中にはこういった本がないことから、王家の健康管理をするための琉球版(琉球にしかない食材や琉球語で記載した本)を作りました。難しい食材に関しては調理方法も書かれています。
この本を開いてみると、あの時のお年寄りが話していた田芋の効能は次のように書かれていました。
「傷口がある者は食べるな。もし食べたなら、傷口がたちまち悪化する」。アヒルの汁は、「喘息に良い」とあります。中国医学から学んだ琉球としての文献が基にあり、それをお年寄りたちが言い伝え、守ってきたんだということが分かりました。
それから、私は自信をもって「琉球薬膳」と名乗り、今、普及させるための活動をしております。
-宮國さんの「琉球薬膳講座」は 一般の方も受講できるのでしょうか
宮國さん:はい 。幅広い方がこちらに来られております。主婦の方、お医者さん、最近は栄養士さんもとても多くなっています。以前は、約200年も前の話にエビデンスがあるのか、きちんとした科学的根拠があるのかと、講演会で何度も言われたことがありました。答えられないことが悔しくて、調べ始めたのがきっかけです。すると、約200年前の人の体で感じた食材の効能と、科学的にデータに基づいた現代栄養学と同じという結果が出ました。
沖縄は神の島と一部で言われておりますが、食に対しても神の島と言えるのではないか、神技と言えるんじゃないかなと、私は思っています。
-ただ残念ながら、現時点では、沖縄の健康長寿は日本一でも、世界一でもなくなっていますね…
宮國さん:そうですね。戦前は、沖縄の伝統的な食事方法は、守られていたと思いますが、欧米化し、何十年も経った今、悪い状況に変わっているという現実があります。
戦前の食事に戻せば、健康長寿も戻ると思います。昔ながらの食材が、沖縄にまだ残っている。そして御膳本草という素晴らしい本も残されている。頑張れば、絶対戻ると思っています。
-現実的に考えて、今のスーパーに置いてある食材で、健康寿命は充分に戻せますか?
宮國さん:はい、充分戻れると思います。
-宮國さんご自身は、食材の調理方法、カロリー計算等、科学的根拠に基づく病院食の考え方で栄養士として勤務していらしたと思うのですが、約200年前の教え方をすんなりと受け入れられたのでしょうか?
宮國さん:私自身は栄養士でしたが、病院時代は外科系にいたので、鼻から入れる栄養剤や、当時は科学的なもので作られているものに、とても興味がありました。
ですので、食材で治すことが本当にできるのか?と実は半信半疑でした。
そんな私が薬膳というものに出会って、やっぱり科学的に作られるものより自然物質が体にはいいということに、私自身が気づいた。病院時代は聞き流すほど、全く興味がなかったのに(笑)
琉球薬膳はかなり奥が深いので、身体の調子がなぜこうなったのかということを、絹の糸がスルスルとほどけるようなすっきりさで、面白い医学です。
-例えば 今ある食材を例にとって、ウェルネス、健康、薬膳につながる組み合わせや料理があれば、分かりやすく教えて下さい。
宮國さん:琉球料理でいうと、ゴーヤーはお腹を冷やします。ちょっとお腹が弱い方が食べると体調崩したりしますが、そこに味噌を加えて、ゴーヤーンブシー(琉球料理の煮物)にすると、夏の暑さ対策として熱をゴーヤーが取り除いて、冷えているお腹を味噌で温めるというように、良いところを活かして、悪く作用するところは他の食材で補うというのが、琉球料理であったり、琉球の薬膳の考え方です。
ですので、体調を整える為のテーマがあれば、組み合わせることで、琉球料理以外でも、色々なものを作ることができます。そうですね、例えばピザでもできます。
-素晴らしいですね。今、現代人の生活は非常に忙しく、風邪をひいたかもしれないとなったら、栄養ドリンクを飲んで、良くなった気持ちで何とか乗り切るというようなことをよく聞きます。それが主流となっている節もありますが、何かアドバイスがあれば教えて下さい。
宮國さん:そうですね、できるだけ手作りが理想ですが、忙しい場合、コンビニで対応できるものもたくさんあります。
例えば風邪の場合は、最近では身体を温める作用のある生姜湯も売っていますし、風邪ではなくストレスマックスだ!もうイライラが止まらない!という時は、グレープフルーツジュースや、シークヮーサーの飲み物もおすすめです。シークヮーサーは琉球王朝時代は気の高ぶりを沈めるお薬として使われていました。
どんなものが入ってるかによって効能が変わる可能性もありますが、忙しい時には加工品で代用して、気軽に買って、食べる!飲む!で対応していけます。
-例えば疲れた時に、食べるとよいものはありますか?一般的にはニンニクが良いと聞きますが。
宮國さん:ニンニクは、この御膳本草には燃え尽きるという意味で記されています。一瞬、力は入りますが、パワーを使いすぎて反対に疲れてしまうというようなことが書かれています。ですので、疲れすぎている時にはあまり取らない方が良い食材と言えます。
体力があるかないか、年齢を含めて、沖縄のお年寄りたちは、「体力がない場合はこの食材を食べる。体力があるならこのようにして食べる。」というように状態や、年齢や性別によって語り継いできました。
沖縄では、例えば今の時期でしたら、山芋という大きなお芋があります。これは乾燥させると、山薬と呼ばれる漢方薬になります。滋養強壮薬として実際に使われているお薬です。
体調が悪く疲れている場合は山芋をザクザクと切ったものや、すり下ろしたものを2、3日食べ続けることで 体力を回復させていきます。
-それは生でもいいんですか?
宮國さん:長芋でしたら生で大丈夫です。
沖縄の山芋になると生ではなく加熱をしないといけませんので 、私は蒸してポテトサラダにしたり、グラタンにしたり、すりおろして卵を入れてチーズを乗せたらとても簡単にグラタン風になるので、お勧めをしています。
山芋はどの年齢の方にも、どの性別の方にもお勧めです。
-反対に悪い取り合わせの例はありますか
宮國さん:御膳本草の中からのお話ですと、ヤギ汁(疲労回復に効果があるとされ、沖縄の伝統料理のひとつで、祝い事の際に今でも食されている)は「暑がりには、ネギと生姜を組み合わせるな」と書いてあります。
暑がりタイプの方が、ヤギ汁に生姜とネギを組み合わせて食すると、3つとも温める作用があるので、「のぼせて動ききれなくなる」とあります。自分の体質、例えば冷え症だったり、お腹がゆるかったりなど、知っておくことも大切です。普段からお腹がゆるいのに、冬でも冷たいアイスコーヒーを飲むという方もたまにいらっしゃいますが、コーヒーはホットであっても、そもそも身体を冷やす飲み物なのでおすすめしませんね。
-御膳本草には、病名や調理方法や、食後の注意事項もあるんですね。
宮國さん:はい、面白いのがこの本によると、沖縄では、今では沖縄そばを食べていますが、そもそもは日本そばが食べられていたようなのです!
-えっ?! そば粉を使った蕎麦ですか?
宮國さん:はい、そば粉を使ったお蕎麦を食べていて、「蕎麦を食べた後 、熱い湯舟につかるな。湯舟につかった後、死ぬ。もしくは中風(ちゅうぶう)と言って脳梗塞になる可能性がある」と書かれているんですよ。
お蕎麦はかなり体を冷やすので、急激に熱いお湯につかると血の巡りに影響があり、心臓が止まるという意味だそうです。ですのでお蕎麦には、身体を温める長ねぎや一味をかけて、温度調整をして食べるということです。
また島ダコのことも書かれていて、「くねくねして折れないタコを人間が食べると強筋骨といって骨や筋や筋肉を強くする。けれど、胃腸が弱い者は食うな」とあります。消化が悪い為、「もし食べるならばたっぷりのお酒に1、2時間ほどゆがくと立ちまち柔らかくなるので食べてよし」ということも書かれています。
珍しい食材に関しては、具体的に調理方法が書かれているんです。
-その中に沖縄らしい食材はありますか
宮國さん:例えばニガナですかね。
「人間の内臓全体にエネルギーを入れ、体力をつける。よって全体の臓器に良い」と書かれています。
免疫力を高めたり、具体的には「逆流性胃腸炎等、胃の調子が悪い者はニガナが良い」と書かれています。「暴飲暴食が増える期間は、ニガナの白和えなどを途中で食べると、胃を休める」と書かれていますね。
ニガナの琉球料理は、ほとんどが加熱料理です。
生ではほぼ食べないのですが、唯一、生で食べるものとして、針のように細く切って、それから水につけてアクを取り、綺麗に水を取ったら、豆腐と味噌とピーナツバターをあえて、はい出来上がりです!
ピーナッツバターを使うことが多いですね 。
-ピーナッツバター自体は沖縄にはあったものなのですか?
宮國さん:落花生(ピーナッツ)は、ジーマーミー豆腐に使いますので、沖縄料理では色々と応用されていますね。
-戦後、基地のあるコザ周辺にステーキハウスが70数店舗あったと聞きます。日本の中でも、外国の食文化の影響を真っ向から受けたのはおそらく沖縄ですね。何か危機感というか、もっとこうしていきたいなどありますか。
宮國さん:1970〜80年代、アメリカから入ってくるものは、やはりとても魅力的で、洋食を食べれば元気になるとも思っていました。
病院勤務時代、食欲がない方たちに聞き取り調査をした事があり、何が食べたいかと聞くと、中部に住んでいるお年寄りは、グレービー ソースのマッシュポテトが食べたいと。一方、やんばるの方たちはジューシー(沖縄の炊き込みご飯)が食べたい。同じ病棟にいて、同じ世代でも、地域性で欲しい食材が違う。コーヒーとパンでいいとかいう方もいました。
沖縄へのアメリカの影響は相当大きいとその時に感じました。結果、今の沖縄なんですよね 。
でも、ここまで欧米化したので、そろそろもう飽きてきたのではないかと思います。私が関わっている方たちを見る限り、10代、20代の若い人たちが食に意識を持ち始めていると感じます。危機感というよりは、逆に以前に戻っていくのではないかなと思っていますね。
今日も高校生との食のセッションがありました。最近、本当に学生からの問い合わせが多く、学校で講座を開いてほしいという依頼や、 卒論に出したいなど、学生との関わりが多いです。
-最後に、宮國さんの好きな食べ物は何ですか
宮國さん:みんなにびっくりされるんですけど、私は、塩が(笑)。そして、一番好きなのは 塩をふったポテトフライです。
-美味しいですよね。今日はありがとうございました!