【開催レポート】食はどうすれば地域の力になるのか
令和7年度 事例発表会・特別講演

開催日時:2026年3月11日

令和7年度多彩な沖縄食体験創出事業「おきなわ美食王国」の事例発表会を、ホテルモーリアクラシック沖縄にて開催しました

沖縄を訪れる観光客は「食」に対する期待度が高い一方で、十分な満足感を得られていないという課題があります。こうした現状を踏まえ、本事業では沖縄の食が持つポテンシャルをあらためて見つめ直し、多彩な食体験の提供を通して消費の促進を図るとともに、域内における経済循環の活性化と食に対する満足度の向上を目指して取り組んできました。

今年度は、高付加価値な食体験の創出と沖縄ガストロノミーツアーの実現を目標に、さまざまな取り組みを進めてきました。本発表会では、その一年間の事例を紹介するとともに、奈良フードフェスティバル『シェフェスタ』実行委員のお二人をお招きし、シェフェスタの取り組みや、地域と食の関係づくりについてご講演いただきました。

主催者を代表し、沖縄県商工労働部グローバルマーケット戦略課戦略推進班 班長の冨澤正紀さんよりご挨拶です。
「本日はさまざまな立場で食に携わる皆さまにお集まりいただき、大変うれしく思います」と述べ、続いて本日事例発表を行う登壇者と、特別講演を務める奈良フードフェスティバル『シェフェスタ』を運営するお二人が紹介されました。

「土地や文化が違っていても、食を通して地域の可能性を広げていこうという思いには共通するものがあると思います。本日の発表会と懇親会が、皆さまの取り組みのヒントとなり、さらにはネットワーキングや情報交換の場として、沖縄の食体験の魅力がさらに高まるきっかけとなれば幸いです」と結び、開会の挨拶が締めくくられました。

次に、本事業の事務局である株式会社ブレーン沖縄の兼島真弓さんより、今年度の取り組み概要について報告がありました。沖縄観光における食の満足度が57.8%にとどまっている現状を踏まえ、今年度のテーマを「いのちよろこぶ沖縄美食体験」と設定し、沖縄の食材・生産者・料理人に関する情報を集積・発信するとともに、学びの振り返りを行ってきました。インプット施策(ワークショップ・視察交流)からアウトプット施策(飲食店フェア・一般向けモニターツアー)までを一連の流れとして展開した今年度の活動が紹介されました。

沖縄の料理人や生産者の高いモチベーションと日々の挑戦は、地域の食文化を支える大きな力となっています。
公式ホームページやInstagram、YouTubeに蓄積された3年分のコンテンツは、こうした取り組みの記録でもあります。
これらの情報資産を活かしながら、今後もプロモーションを通じて沖縄の食の魅力を発信し、料理人や生産者の活動を支えていくことの重要性が語られました。

続いて、「本事業にともに取り組んできた関係者の皆さまがこれから登壇し、それぞれの事例について詳しく発表してくださいます。」と述べ、登壇者へマイクが渡されました。

最初に登壇したのは、農業生産法人合資会社稲穂産業「INAHO FARM」統括マネージャーの大森千彰さん。

名護市天仁屋にある INAHO FARM の大森さんより、「持続可能な高付加価値の商品づくり」をテーマにお話しいただきました。

INAHO FARMは、やんばるの山地、天仁屋の「オーシッタイ(大湿帯)」と呼ばれる豊かな自然の中に位置しています。約50万坪(那覇のセルラースタジアム約33個分)という広大な敷地で、牛舎を持たない完全放牧の循環型酪農を行い、ジャージー牛の飼育を中心に、養蜂、ハーブ、果実、野菜などの生産を展開しています。

この農場は、もともと稲嶺一郎氏の悲願として、沖縄経済の自立を目的とした農業試験場として設立された場所です。現在はその自然環境を活かし、ジャージー牛の放牧酪農を軸に、アイスクリーム、ヨーグルト、蜂蜜などの加工品を販売しています。価格帯はアイスクリーム500〜550円、ヨーグルト650円、蜂蜜5,400円と、一般的な商品よりも高価格帯に位置づけられています。

INAHO FARMの強みは、この広大な土地と沖縄の温暖な気候を活かした循環型の飼料自給システムです。牛の糞尿を栄養とした牧草を育てることで飼料の自給自足を実現しており、冬季に乾燥飼料の輸入に頼る必要がありません。ほぼ自然に育つ飼料で育てながら、おやつとして1%程度、オリオンビールのビール酵母発酵サイレージを活用するなど、地域資源を循環させる取り組みも行っています。

また、大森さんは独自の高付加価値戦略として「希少性の掛け算」を紹介されました。
ジャージー牛(国内乳牛の約0.8%)、完全放牧(約0.15%)、ほぼ100%グラスフェッドという条件を組み合わせることで、約833万分の1という極めて希少な生産条件を実現していると分析しています。

しかし、大森さんは「希少性だけでは価値にならない」と強調します。低温殺菌、ノンホモジェナイズ処理、沖縄県産きび糖100%使用、添加物完全排除など、素材と製法に徹底的にこだわり、日本全国どこでも味わえない独自の味を追求している点が重要だと語ります。

さらに、ブランド価値を高めるための「憧れ」を生み出す戦略についても紹介されました。観光客向けの牧場ツアーや、地元客向けの搾乳・収穫体験、メディアや撮影のロケーション提供、SNSでの発信などを通じて、「いつか訪れてみたい」「一度味わってみたい」と思わせる体験価値を生み出しているのだそうです。実際にミュージックビデオやファッションブランドの撮影地としても活用されています。

講演の最後には、ネイティブアメリカンの思想である「セブンスジェネレーション(7世代先)」の理念について触れられました。
200年先の未来を見据えた判断を行うという考え方を事業の根幹に据え、持続可能な高付加価値の商品づくりを通して、やんばるの自然を守りながら次世代へ引き継いでいくことが使命であると語ります。

琉球王国の時代から続く沖縄の歴史を受け継ぎ、沖縄と日本の未来に貢献したいという、大森さんの熱い想いが伝わる講演となりました。

「牛が牛らしく、人が人らしくあるのが良い―。」

「INAHO FARM」さんについては、今年度の視察交流レポートでもご紹介しています。
やんばるの大地と共に歩む農業の姿 こちらもぜひご覧ください。

続いては、株式会社マキ屋フーズ代表取締役 金城正直さんです。

金城さんは、琉球大学の安田正昭教授のもとで紅麹を研究し、「紅濱の唐芙蓉(豆腐よう)」などの商品開発に取り組んだのち、2008年にマキ屋フーズを設立。「やんばる食材で新しい美味しさ発見」をコンセプトに、紅麹や醸造酢などの製造販売を手がけています。

金城さんからは、豆腐ようの製造工程と歴史についてご説明をいただきました。

豆腐ようは、麹、泡盛、塩を用いた漬け汁に豆腐を漬け込み、発酵・熟成させて作られます。

その起源は、琉球王朝時代に中国から伝わった発酵食品「腐乳(ふにゅう)」にあります。当時の腐乳は塩分濃度が12〜15%と非常に塩辛いものでしたが、琉球に伝わった後、独自の改良が加えられていきました。

大交易時代、琉球王朝の交易文化の中で発展した豆腐ようは、やがて王府の重要な食文化のひとつとなります。製法は長く門外不出の秘伝とされ、限られた人々だけが作ることを許された特別な食品であったことも紹介されました。

シンプルな素材から生まれながらも、長い歴史と技術が受け継がれてきた沖縄を代表する発酵文化のひとつです。

さらにマキ屋フーズさんには、豆腐ようの漬け汁を応用して開発した液体紅麹の商品があります。液体紅麹は、肉や魚介類、野菜などの素材の旨味を引き出し、鮮やかな紅色とコクが出ることから、さまざまな旨味ソースとして活用でき、ホテルやレストランでの新メニュー開発や新商品開発へ貢献されているそうです。

今年はさらに、ご自宅で作れる豆腐ようキットや、乳酸菌と紅麹で作ったダブル発酵飲料「紅ちゃん(仮称)」の新商品の販売も予定されているそうです。
紅麹の風評被害の影響を受けながらも、懸命に活動されています。

料理に関わる方々と豆腐よう造りを行った今年度事業の様子をこちらでご覧いただけます。

最後の講演は、奈良フードフェスティバル実行委員会 事務局長(株式会社エヌ・アイ・プランニング取締役)の椿野唯仁さん(右)と、実行委員(トラットリア ピアノ オーナーシェフ)の稲次知己さん(左)です。

奈良で大きな人気を集める食のイベント「シェフェスタ」を運営されている椿野さんと稲次さんから、「食はどうすれば地域の力になるのか?」というテーマで、食を通じた地域振興の実例についてお話を伺いました。

椿野さんは、奈良の地域密着型タウン情報誌「ぱーぷる」を運営する会社に所属し、コロナ禍以降、事務局長としてイベント運営に携わり5年目を迎えています。一方、稲次さんは奈良フードフェスティバルの前身イベント「クーカル」の時代から立ち上げに関わってきた経験豊富なシェフです。

このイベントの背景には、小説家・志賀直哉が1938年の随筆『奈良』の中で記した「奈良にうまいものなし」という言葉があります。この言葉をきっかけに「奈良の食の魅力を広く伝えたい」という当時の奈良県知事の思いから、長野県軽井沢で開催されていた食イベント「クーカル」を奈良に導入することが決まりました。

クーカルは、長野の食材を使って著名なシェフが料理を提供するイベントで、奈良では「クーカル・イン奈良」として3年間開催されました。当時は全国的に名の知れたシェフたちが奈良を訪れ、地元食材を使った料理を提供。稲次さんによると、このイベントを通して奈良の料理人や生産者自身も、大和野菜や大和牛、大和肉鶏、大和ポークといった地元食材の魅力を改めて知る機会になったといいます。

3年間の契約終了後、2011年からは「シェフェスタ」として奈良独自のイベントとして継続されることになります。クーカルがシェフの技術向上による食文化振興を目的としていたのに対し、シェフェスタはシェフと生産者が生み出す特別な料理体験を来場者に届けることで食文化を広げていくという方向へと進化しました。

現在シェフェスタは、奈良県内最大級の食の祭典として17年目を迎えています。会場は年間1300万人が訪れる奈良公園で、9日間にわたり開催され、1日50〜60店舗の奈良県のグルメ関連事業者が参加します。特徴的なのは、大型キッチントラックを使用したライブキッチンです。スチームコンベクションオーブンや8口コンロ、大型冷蔵庫を備えた移動式キッチンで、シェフがその日限りの料理を舞台のような空間で提供します。

料理は1食2,500円〜3,000円程度(寿司は6,000円)で提供され、1日200〜300食ほど販売されます。普段は高価格帯のコース料理を提供しているレストランの味を、1プレート3,000円ほどで気軽に体験できる仕組みとなっており、また「お客様に知ってほしい店」が挑戦できる場になっていることも人気の理由の一つです。

また、このイベントは県の補助金に依存せず、完全に民間資金で運営されている点も特徴です。出店料のパーセンテージと企業協賛によって運営費を賄い、持続可能な自立型イベントモデルを確立しています。

さらに食文化の普及活動として「奈良食べる通信」というタブロイド紙を毎月発行。月額3,000円のサブスクリプション形式で、大和牛や大和丸茄子などの食材とレシピを掲載した冊子を食材とともに届け、生産者と消費者の関係づくりを進めています。

シェフの参加についても特徴的な方針があり、個別に交渉を行い、フランチャイズ店は参加できず、地元の経営店のみを対象としています。イベントでは200〜300食の提供が求められるため、シェフには店舗を1〜2日閉店して参加してもらう必要がありますが、売上の一部を企画料としていただく以外は、基本的に収益はすべてシェフに還元される仕組みとなっています。

さらにミシュランガイドとの共同企画として「奈良ガストロノミーナイトエキスポ with ミシュランガイド」を開催。日本初となるミシュラン公式イベントとして、一つ星・二つ星シェフによるライブキッチンが行われ、多くの注目を集めました。

地域の食材、料理人、生産者にこだわり、その魅力をストーリーとともに丁寧に発信することで人々が集まり、交流が生まれ、地域の魅力がさらに高まっていく。シェフェスタの取り組みは、食を通じて地域の価値を広げていく好例として、お二人のお話しから大きな学びをいただきました。

最後に、今日の試食料理を担当した、ラ・メゾン・クレール1853のオーナーシェフ小林光栄さんから料理の紹介です。

小林シェフは本事業の監修を務め、沖縄県調理師会会長でもあります。

日本ではまだ一般的ではなかった時代から、フランス料理でいうテロワールの考え方「地域の食材や名産品を活かした料理づくり」を実践し続けてきました。

その代表的な食材の一つが、沖縄の伝統発酵食品である豆腐ようです。最後の琉球国王・尚泰王の四男であり、美食家として知られる尚順男爵の著書には、「泡盛と豆腐ようは沖縄の宝」という一文が記されています。小林シェフは、この本を読み、この言葉に象徴される沖縄の食文化の価値を料理として表現し続けてきました。

この日は、40年前に考案した「豆腐ようのパイ包み」、そして20年前に開発した「豆腐ようのムース」をマキ屋フーズの豆腐ようを使用して披露してくださいました。

その他、INAHO FARMの仔牛やミルクなど、沖縄の食材を使用した料理が提供され、地域の食材の魅力を改めて体感できる機会となりました。

本日の試食メニュー

【ジンジャー・ハーブティ】

(写真左)ジンジャーシロップ、ハママーチ、ミントのハーブティー

(写真右)ジンジャーシロップ、ハママーチ、ミント、ハイビスカスのハーブティー

【豆腐ようのムース】

マキ屋フーズの豆腐ようをベースに、INAHO FARMのミルクのやさしいコクを合わせ、トマトとボーンブロスのジュレで爽やかに仕上げた一皿。沖縄の食材の個性と旨味を重ねた前菜として提供されました。

【豆腐ようのパイ包み焼き】

沖縄の伝統発酵食品である豆腐ようを使った一品。麹の香りはレストランで提供するにはやや強く感じられる時代もあったため、ブルーチーズを合わせて香りをやわらげ、さらにクリームチーズでなめらかに伸ばすなどの工夫を重ねました。

そうして仕上げた豆腐ようをパイ生地で包み、サクッとした食感とともに楽しめる料理に仕立てています。付け合わせには、さっぱりとした島野菜のピクルスを添え、味のバランスを整えた一皿です。

【仔牛と島人参のレモン煮】

INAHO FARMの仔牛を使用したレモン煮の一皿。やわらかな仔牛の味わいを活かし、沖縄の野菜とともに仕上げました。

栄養豊かな島野菜である雲南百薬と伊江島産の落花生をピューレ状にして加えることで、オイルのコクを引き出し、やさしい味わいの仔牛に奥行きを与えています。

爽やかなレモンの風味と、落花生のまろやかなコクが調和した、沖縄の食材の魅力を感じられる一皿です。

INAHO FARMのブースでヨーグルト、アイス、ビターハニーを試食する参加者の皆さん。

好評のうちに幕を閉じました。食や文化にたずさわる方たちが学び、つながることで沖縄は確実に強くなると確信した時間でした。

ご参加、ご登壇、試食ブースにご協力いただきました皆様、ありがとうございました。