開催日時:2026年2月16日~17日
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さて、2日目の朝がやってきました。
昨日の余韻を感じながら、一行は「ザ・ナハテラス」をあとに、やんばる・オーシッタイ(大湿帯)エリアにある「INAHO FARM」へ向かいます。
「牛が牛らしく、人が人らしくあるのが良い―。」という想いのもと、大自然の中で “循環型放牧”を実践する牧場です。
しかし、この日はあいにくの雨。本来であれば放牧地を見学し、展望台から広大な景色を見渡す予定でしたが、足元が滑りやすい状況もあり、見学は残念ながら一部のみとなりました。
INAHO FARMさんについての詳しい情報は以前の視察ツアーの記事でもご覧になれます。
東京ドーム約35個分、50万坪という広大な敷地。その中の牧草地で、ジャージー乳牛9頭を放し飼いにしています。牛舎は設けない“完全自然放牧”で、牛たちは一日中、草を食べたり、木陰で休んだりしながら過ごしています。
雨の日も、台風の時も、自ら森の中の心地よい場所を見つけて過ごします。ふと気づくと、隣に子牛が生まれていることも。好きな場所で、それぞれのタイミングで出産するため、人が手を貸すことはありません。
牛たちは広い森を歩き回り、自生する草の中から好きなものを選んで食べます。排泄されたものは大地の栄養となり、再び牧草を育てます。草だけを食べている牛の排泄物はほとんど臭いがなく、自然乾燥させることで良質な肥料として活用されています。
その肥料で育てているのは、野菜や果実、ハーブ。森の中で完結する、命の循環です。
INAHO FARMを運営する渡嘉敷まどかさんと哲さんご夫妻。
「うちの“前さん”です。ちっとも奥にいないから。」
哲さんがそう言って奥様を紹介すると、皆さんから微笑みがこぼれます。
「もっと牛を増やさないのですか?」参加者からの質問に、まどかさんが丁寧に答えます。
「現在、放牧地は約700ヘクタール。これ以上頭数を増やすと、自然に生える草の量が足りなくなってしまいます。牛の数を増やすためには、さらに牧草地を開拓し、牛たちが食べられる飼料を確保しなければなりません。“自然の循環の中で完結する規模”を大切にしています。」
続けて、ジャージー牛のミルクについても教えてくださいました。
「ジャージー牛のミルクは、一般的な牛乳よりやや黄みがかり、「ゴールデンミルク」とも呼ばれます。バターのようなコクと旨味、そして自然な甘みがあり、イギリス王室にもゆかりのある、高品質なミルクとして知られています。」
ここでは穀物飼料を与えず、完全自然放牧で育てています。そのため、一般的な牛乳が苦手なお子さまからも「飲めた」と喜びの声をいただくことがあるそうです。
また、この地域は養蜂が盛んで、多くの方が蜂を主とした営みをされています。蜂を守るため、農薬は一切使用していません。牛たちが食べる草や、ここで育つ野菜や果実、ハーブも、同様の環境で育まれています。
本日いただく昼食も、そうした環境の中から生まれたもの。このあとの昼食が楽しみですね。
今日は足元が悪いため、目の前の牧草地まで牛さんたちに来てもらいました。
「目の前まで来てもらうって、どうやって呼ぶの?」と参加者の方から質問が上がります。「“おーい”って呼ぶと来ますよ。一頭一頭、それぞれの名前を呼んでも来ます。」
すると本当に、ゆっくりとこちらへ歩いてきます。人懐っこいジャージー乳牛たち。
森の中で自由に暮らしながらも、人との距離は近い。その一方で、命の循環という現実もあります。
食肉となる仔牛は、生まれてからおよそ半年で出荷されます。沖縄で仔牛が手に入ることは実は非常に貴重で、洋食のシェフたちからも大変喜ばれているそうです。
この時期、シークヮーサーはちょうど完熟を迎えていました。木の下のほうに実る果実は、すべて牛たちのごちそう。背伸びをするようにして、器用に食べるのだそうです。
レンブの実がなる季節になると、これまた牛たちの大好物。赤く色づいた実を見つけては、きれいに食べてしまうのだとか。
草だけでなく、季節の果実も口にする牛たち。そのため、ミルクの風味もわずかに変化するそうです。人間のお母さんたちと同じですね。
シークヮーサーの季節、レンブの季節——自然とともにある暮らしの中で、牛乳の味わいもまた変化する。 そんな季節ごとの違いを想像するのも、この牧場ならではの楽しみです。
こちらは牧場内の養蜂の様子。
味の変化という点では、牧場内で行われている養蜂もそのひとつです。
沖縄本島ではやんばるにしか見られない、地元で“アサグラ”と呼ばれる貴重なフカノキが場内に自生しています。冬になると白い可憐な花を咲かせ、ミツバチたちはそこから蜜を集めます。
この木から採れる蜂蜜は、この地域では「苦あまみつ」として親しまれてきました。フカノキの花が咲くと、蜂蜜にほのかな苦味が現れます。甘さの奥に広がるそのビターな余韻は、まさにやんばるの森の味わいです。
INAHO FARMでは、この希少な蜜を「ビターハニー」と名づけ、商品化。森の個性をそのまま閉じ込めた一瓶として販売しています。
牧場見学を終え、牧場内の一角にある小屋に移動し、いよいよBon Côté 角谷 健シェフによるINAHO FARMの仔牛肉とハーブを使った特製ランチの始まりです。
宗像さんから角谷シェフのご紹介。
「角谷シェフは、生産者と真摯に向き合い、その土地で手に入る食材を生かした料理を表現される方です。フランス料理の技法をベースにしながら、沖縄食材の持つ本質的な魅力を、さまざまな角度から引き出し、生産者とともに、新しい沖縄食材の魅力や可能性を伝える活動にも取り組まれています。」
INAHO FARMの自然にある樹の皮や花を取り入れた、角谷シェフらしい素敵なテーブルプレゼンテーション。沖縄の自然がテーブルに映し出されることで、土地の風土や物語が感じられ、これから始まる食への期待が高まります。
【自家製チーズ シークヮーサー風味】
低温殺菌したミルクにシークヮーサージュースを合わせた自家製チーズ。3週間かけてゆっくりと乾燥熟成させ、爽やかな酸味とやさしいコクが引き出されています。
土台には、南城市の和花の畑・諏訪さんが栽培した小麦を使った、数種のハーブが香るパウンドケーキ。そこにチーズを重ね、山内ファームのフェンネルをスライスして添えています。ミルクの旨味、柑橘の清々しさ、ハーブの香りが重なり合う一皿です。
【カラキの枝に刺した仔牛頬肉のブロシェット】
仔牛の頬肉を、香味野菜とハーブとともにポトフのようにやわらかく炊き上げ、仕上げに、沖縄のシナモンとも呼ばれるカラキの枝を串に見立てて刺し、さっと炙って香りをまとわせています。ほのかに立ち上るスパイスの余韻が、肉の旨味を引き立てます。
添えるのは、自家製スパイスマスタード。角谷シェフ好みのスパイスにシークヮーサーを合わせ、爽やかな酸味を加えました。
器に彩りを添えるのは、てるてるファームの照屋さんが育てた黄色いパッションフルーツ。香りと酸味がアクセントとなり、全体の味わいを軽やかにまとめます。
この日いただいた仔牛は、取材陣が半年前に牧場を訪れた際に出会った仔牛。毛色が人気アイスのコーヒー味に似ていることから「パピ子」と名付けられ、大切に育てられていました。
パピ子、ありがとう。
命をいただくということを、あらためて静かに噛みしめる瞬間でした。
【仔牛ハツモト 柑橘風味のサラダ】
仔牛のハツモトは丁寧に下処理を施し、レモングラスとシークヮーサーを合わせてゆっくりと火入れ。ハツの食感とともに、爽やかな柑橘の香りをまとっています。
合わせるのは、山東菜、チコリ、ハンダマ、ディル、ベニバナボロギク、春菊といった香り豊かな葉野菜。さらに、二十日大根、ゴーヤ、紫オニオン、紅芯大根のスライスを重ね、彩りと食感のアクセントに。
仕上げに、シークヮーサーと新玉ねぎのドレッシングをまとわせ、レモンのゼストをひと振り。ほのかな苦味、清々しい酸味、そしてハツモトの旨味が重なり合う、軽やかで奥行きのある一皿でした。
【琉球漆器にのせた仔牛ミノ やんばる酒造もろみと自家製醤油麹和え】
仔牛のミノは、丁寧に洗い、黒い皮をむいて下茹でを重ねます。その後、やんばる酒造の粗濾過泡盛を加えてじっくりと煮込み、やわらかさと旨味を引き出しました。仕上げに、もろみと自家製醤油麹で和え、発酵の奥行きを重ねています。
彩りを添えるのは、ロマネスコ、サヤインゲン、モロッコインゲン、カリフラワーをやんばるスパイス風味に仕立てた温野菜。さらに、紫カリフラワーのピクルス、ローゼル入りの大根おろし、ラディッシュのスライス、熟したシークヮーサー、そしてハママーチを添えました。
発酵の旨味、泡盛の香り、柑橘の爽やかさ、そして野菜の力強さ。やんばるの森と土の恵みを、琉球漆器の上に丁寧に重ねた一皿です。
【仔牛フィレ肉 キャベツのエチュベ 島人参のロースト】
仔牛のフィレ肉は丁寧に掃除をし、ヒモで整形。ニンニクとハーブでマリネした後、低温でじっくりと火入れを行い、仕上げに表面を香ばしく焼き上げます。やわらかさの中に、しっかりとした旨味を閉じ込めました。
添えるのは、仔牛のエキスを凝縮したソース。スジを強火でしっかりと焼き、出てきた脂で香味野菜を炒めて香りを引き出します。そこへ水を加えて丁寧にスープを取り、さらに煮詰めたソースです。
仕上げに、自家製デュカをひと振り。好みのミックススパイスに、和花の畑の全粒粉、INAHO FARMのカレーリーフ、浜比嘉の塩を合わせました。スパイスの香りが、肉の旨味を一層引き立てます。
野菜は、キャベツをその水分だけで蒸し焼きにする“エチュベ”に。やさしい甘みを引き出し、焼き芋のようにじっくりローストした島人参を添え、最後に香りよく焼き上げています。
力強さと繊細さが同居する、メインにふさわしい一皿です。
【仔牛スネ肉のブランケット】
仔牛のスネ肉を、香味野菜と香草、水とともにゆっくりと火入れ。やわらかくなった肉を一度取り出し、旨味が溶け込んだスープを濾して煮詰めます。そこへINAHO FARMのミルクを加え、やさしくコクのあるブランケットのベースを仕上げ、再び肉を戻して温めました。
添えるのは、仔牛のオイルをまとわせたオオタニワタリ。そして、ホーリーバジルとともに炊いて、香りを移したライス。
ミルクのまろやかさとスネ肉の滋味、森の香りを含んだ青菜。口に入れた瞬間、皆さんの顔が途端に笑顔になりました。
【錫の器に入った苺のブランマンジェ シトラスの香り】
ミルクにレモングラスとライムリーフの香りを丁寧に移し、やわらかなブランマンジェに仕立てました。合わせるのは、まんまるファームのフレッシュ苺。
さらに、バタフライピーのジュレを重ね、寒天で食感に変化をつけています。アロエベラのコンポートにはミントを加え、清涼感をひとさじ。仕上げに温かいミルクの泡を添え、やさしい余韻で包み込みます。
ブランマンジェを受け止めるのは、錫の器。
錫は熱伝導に優れ、料理やお酒の温度をすばやく伝える特性があります。冷たさも、ぬくもりも、繊細な温度のニュアンスまでしっかりと手に伝わり、デザートの香りや食感をより鮮明に感じさせてくれます。
そして、この錫という素材。琉球では古くから祭具や酒器として重用されてきました。しかし約100年前、その文化は次第に姿を消していきました。今、失われた琉球の錫文化を現代に甦らせようとする職人たちが現れています。その想いを受け止めるように、角谷さんから錫の器が選ばれていました。
料理だけでなく、器からも琉球の歴史と文化を伝えようとする角谷シェフの気持ちが、伝わってきました。
最後にいただいたINAHO FARMのソフトクリームも忘れられない味です。
あいにくの空模様ではありましたが、やんばるの澄んだ空気と、美しい昼食を堪能し、一同満ち足りた時間を過ごしました。
森の余韻を胸に、このあとは那覇へ向かいます。次なる目的地は、やちむんの里として知られる壺屋・育陶園。
食を支えてきた「土」の文化に触れる時間が、はじまります。
育陶園やちむん道場に到着。
まずは、壺屋焼窯元 育陶園 代表取締役・高江洲若菜さんから、壺屋の歴史と伝統についてお話を伺います。
壺屋は1682年、琉球王朝時代に首里王府の命により、各地に点在していた窯元を統合して誕生した焼き物の里です。340年以上の歴史を持ち、焼き物づくりのために計画された場所であったことが大きな特徴です。
万が一火災が起きても首里城へ延焼しない距離であること。傾斜地を活かして登り窯を築ける地形であること。この地で焼き物に使える土が得られたこと。
そして、薪や北部の土を船で那覇港へ運び、そこから壺屋へ搬入できる立地条件も整っていました。
壺屋ではもともと「荒焼(あらやち)」と「上焼(じょうやち)」の二種類が作られていたそうです。
荒焼は南部の土を使い、低温で焼き、甕などの大型保存容器をつくる技法。戦前までは水を甕に貯めるなどに使う生活必需品として需要が高く、主流でした。
一方の上焼は北部の土を使い、高温で焼き、日常の器や王族・貴族の器、祭事用の器を製作する技法。水道の普及など時代の変化により荒焼の需要が減少し、次第に上焼が主流となっていきます。
壺屋の焼き物は、米兵向けの土産物や器、シーサーの製作へと広がり、やがて観光客や一般家庭へと普及していきました。
1970年代、登り窯の煙害が問題となり、壺屋は大きな転換点を迎えます。のちに人間国宝になる金城次郎氏をはじめ、伝統的な登り窯での焼成にこだわる多くの窯元が読谷村へ拠点を移しました。こうして、壺屋焼の担い手たちは壺屋と読谷に分かれることになりました。
育陶園は、この土地を守る道を選びます。登り窯からガス窯へ転換し、都市の中で、どうものづくりを続けるかを模索し続けてきました。
育陶園は現在、若菜さんと弟さんで七代目。高江洲家は三百年以上前からこの地で焼き物を受け継いできました。
若菜さんの祖父は満州での生活経験を経て、戦後沖縄へ戻り育陶園を立ち上げました。よそ者でありながら、満州の人々にあたたかく受け入れられた思いから、県外の陶工も積極的に受け入れ、新しいガス窯をいち早く導入。シーサー作りの名人として「現代の名工」にも選ばれました。
六代目の父は愛知県で修業を積み、日常使いの器づくりを中心に展開。外部の作家や職人が出入りする、開かれた工房の雰囲気が育まれていきます。
若菜さんの代では、卸売中心の体制に疑問を抱きます。「歪みも美しさなのに、それを他者の基準で返品される」。そんな歯がゆさから、直接お客様に届ける道を模索し始めます。
2009年、若い感性でつくったやきものを並べる二号店を開設。同世代の支持を得たことで、「直接伝えること」の力を実感されたそうです。現在は複数店舗を展開し、それぞれ異なる世界観でやきものを表現し、SNSも活用しながら、壺屋から直接届けることを大切にしています。
育陶園の大きなミッションは、「壺屋の景色をつなぐ」こと。駐車場化や古い建物の解体が進む中、古い建物を活かした店舗づくりや、10年20年先も残せる建築を意識しながら、壺屋らしい風景と技術を未来へ継承しようとしています。器をつくるだけでなく、風景そのものを守る。それが、三百年以上続く窯元の覚悟でした。
若菜さんのお話を伺ったあとは、いよいよやちむん作り体験へ。「水・森・土」の旅で、壺屋はまさに「土」の最終章。
土に触れ、自らの手で形を生み出す時間がはじまります。
まんまるとした、きれいな土が手渡されます。
それぞれが思い思いの形をつくり、模様を刻んでいきます。
まだやわらかな土は、このあと乾燥させ、窯で焼かれ、器となってそれぞれのご自宅へ届けられます。
旅の思い出が、形となって届く。後日の楽しみが、またひとつ増えました。
こうして、「水・森・土」を巡る旅は幕を閉じます。
久米島、那覇、やんばる、壺屋。
それぞれの場所で出会った人たちは、自然と真摯に向き合いながら、沖縄の食文化を未来へつないでいました。
一泊二日の旅で見えてきたのは、沖縄の食が「自然」と「人」の関係の中で育まれてきた文化であるということ。
限られた時間ではありましたが、沖縄の食文化の奥深さを、五感で味わう旅。この体験が、これからも多くの人に伝わっていくことを願っています。