開催日時:2026年2月16日~17日
食べることは、生きること。豊かで美味しい食事は、人生を満たしてくれるものです。
「生命力あふれる、美味なる島の恵みを、あなたのエネルギーに。」
今回のモニターツアーは、沖縄の食を味わい、その食を生み出す人や土地の魅力に触れることで、豊かな食事が私たちの心と身体を満たし、人生に喜びをもたらすことをあらためて思い出す──そんな旅になることをめざして企画されました。
ツアーで体感いただくのは、黒潮が運ぶ恵みの「水」。亜熱帯の生命力が息づくやんばるの「森」。そして、人々の暮らしとともに育まれてきた「土」。
沖縄では、こうした自然の恵みが重なり合い、多様な食材を育み、沖縄独自の食文化を形づくってきました。
それは単なる「おいしさ」にとどまらず、土地の風土や人々の営み、先人から受け継がれてきた知恵と深く結びつき、今なお進化を続けています。
旅の目的地は、「水・森・土」という視点を軸に巡る、久米島・やんばる・那覇の3地域。
参加いただいた皆さまとともに、生産者の真摯な取り組みや地域に根ざした食体験を通して、沖縄の食の奥深さを五感で味わう旅となりました。
いのちよろこぶ沖縄美食旅へ、いざ、出発!
最初の目的地は、久米島。那覇空港に集合し、空路で向かいます。
スルーガイドを務めるのは、株式会社ツアーデザイナーズ代表取締役の宗像 愛さん。
「今回のモニターツアーは、久米島、やんばる、那覇を巡ります。一見バラバラに見えるかもしれませんが、テーマは“水・森・土”。沖縄の自然とのつながりを体感する旅です。」と宗像さん。
久米島の「水」、やんばるの「森」、那覇・壺屋では陶器の「土」。3つの要素を通して、沖縄の自然と文化の循環を感じてほしい。そんな思いが込められています。
まず訪れるのは、「水」がテーマの久米島。
「久米島は那覇から西へ約100km、面積約50㎢、人口約7,000人の小さな島です。琉球王国時代には、数ある島々の中で最も美しいと称えられ、“球美(くみ)の島”と呼ばれていました。それが“久米島”の名の由来です。」
太平洋と東シナ海の間に位置し、黒潮の影響を受ける豊かな海に囲まれ、海洋深層水でも広く知られる島です。
沖縄の多くの島は琉球石灰岩の地層でできており、無数の穴が水を蓄えます。その下には“クチャ”と呼ばれる泥岩層があり、天然の地下ダムを形成。こうした地質条件が、農業を支える豊かな水資源を生み出しているのです。
この水の恵みを活かして、島らっきょうを育てる畑、そして泡盛を醸す酒造所を訪ねます。
土地の成り立ちを知ると、作物や酒の味わいが違って感じられる。背景を知ることで、旅はぐっと奥行きを増します。
これからの時間がますます楽しみになります。
30分ほど飛行機に乗り、久米島に到着。島で最初にお会いしたのはタクシーの運転手さん。その笑顔から島の明るさが伝わってきます。
海に囲まれたのどかな風景に癒されながら、「かふぅ農園 久米島」に到着。
沖縄本島から久米島へ嫁いで10年。2年目の春、旦那様の“休日農業”を手伝ううちに本格的に向き合いたくなり、ついにはご自身の生業にされたという平良百合子さん(写真左)。
現在はお義父さまのさとうきび畑を借り、約1,500坪の畑で島らっきょうを育てていらっしゃいます。
宗像さんから、かふぅ農園と百合子さんについてのご紹介。「百合子さんは、客室乗務員や保育士の経験を経て久米島へ移住。現在はICT支援員、キャリア教育コーディネーター、農家の“三刀流”で幅広く活躍されています。」
久米島紬は、琉球王国時代に年貢として納められていた歴史を持ち、国の重要無形文化財にも指定されている伝統工芸。その製作過程で行われる“泥染め”の泥を、なんと農園の肥料として活用しているそうです。文化と自然、そして農業が循環する独自の仕組み。実に興味深い取り組みです。
百合子さんは、できるだけ自然由来の肥料を使うことを心がけ、自作の鉄ミネラル液や木灰を畑に施します。さらに、種の消毒には納豆菌を使用。善玉菌の力で悪い菌を抑えるという、微生物とともに育てる農業です。
島らっきょうの収穫期は12月から5月で、旬は3月から4月。疲労回復や滋養強壮に役立つ「アリシン」、血流を促す「アデノシン」、整腸作用のある「フルクタン」などを含む、沖縄県民に愛される健康長寿野菜でもあります。
百合子さんのお話に、参加者からは次々と質問が飛び交います。畑に向き合うまなざし、土地とともに生きる覚悟。その言葉に触れたあと、いよいよ収穫体験へ。土に触れる時間が、また新たな学びを運んでくれました。
東京から参加された新井さんが、一番本格的な作業姿。
粘土質な土は想像よりも固く、クワに全体重をかけて掘り起こします。
茎の白い部分が、土で覆われていたところ。12㎝ほどの長さにするため、伸びるごとに土をかぶせて育てていくのだそうです。
香りを確かめてみる参加者の方々。
収穫を終え、集落の公民館へ移動し、自分で採った島らっきょうを下ごしらえ。まず、根をはさみで切り、長いまま上から皮をむくと、スルッとむけます。参加者からは、「今まで、先に短くカットしてからむいていた。これなら楽ね」という声も。
むいた島らっきょうを先に軽く炙ると風味が出ます。炙った後、豚バラを巻きつけ、また焼きます。
完成です!(写真中央)
かつお節をのせた島らっきょうの塩漬け(手前)、島らっきょうのキムチ漬け(右手前)、島らっきょうの天ぷら(右上)、自分で握った油みそのおにぎりを、沖縄そばとともにいただきます。
調理と昼食でお世話になった宇江城地区会館。地域の方々が日頃利用している場所を、そのまま旅で体験できたことも、今回のツアーならではの大きな魅力でした。観光施設だけでは出会えない、暮らしの延長線上にある風景。その土地の“普段”に触れられることが、何より豊かな時間でした。
次は島に二軒ある酒造メーカーのうちの一軒、米島酒造さんへ向かいます。
移動の途中、比屋定バンタで一息。(「バンタ」は沖縄の方言で、断崖絶壁という意味)
眼下に見える車海老の養殖場(久米島は車海老の養殖生産量が全国一)を眺めたあと、絶景を背景に、皆さんでパチリ。
宗像さんからは、泡盛の文化的・歴史的重要性についてのお話がありました。
「泡盛は、単に“飲む酒”として親しまれてきただけではありません。料理に加えることでコクを出し、肉をやわらかくするなど、沖縄の食文化において欠かせない存在です。さらに、沖縄特有の儀礼「洗骨」にも用いられるなど、食の枠を超えて地域の暮らしや祈りの中に深く根づいてきました。」
歴史的には、泡盛は約600年前、琉球王国時代にシャム王国(現在のタイ)との交易を通じて蒸留技術が伝わったことが起源とされています。原料にはタイ米が使われ、沖縄原産の黒麹菌によって独自の発酵文化が育まれました。
この黒麹菌は、第二次世界大戦中に醸造所が破壊され、ほとんどが失われたと考えられていましたが、幸運にも、戦争を生き延びたわずかな胞子が培養され、泡盛の生産が再開されました。1998年には、戦前に採取されて東京大学に保管されていた別種の菌株が発見され、現在はこの菌も泡盛づくりに使用されています。
琉球王国時代に生まれ、熟成を重ね、戦前には200年、300年ものもあったと伝えられる泡盛・古酒(クース)。戦争さえなければ、それ以上の超古酒も存在していたことでしょう。
泡盛の一滴の奥には、沖縄の歴史、そして平和への想いが息づいているのだと、改めて感じさせられます。
この日お邪魔したのは、米島酒造。創業は1948年、戦後間もない頃です。
久米島は水が豊かで、かつては稲作も盛んな島だったそう。初代当主・田場良徳さんもまた米づくりをされていました。その良質な水に魅せられ、泡盛造りを志したことが、「米島酒造」という名の由来になっています。
酒蔵をご案内くださったのは、四代目の田場俊之さん。
生産される酒の約8割が地元で消費されるという、まさに“島の酒”。創業以来、地域に根差し、島民に愛され続ける味を守りながら、今の時代に寄り添う酒造りを続けておられます。
土地の水と米、そして人の想いが重なり、一本の泡盛へと結実する。その背景を知るほどに、盃の重みもいっそう深く感じられました。
田場さんからは、泡盛づくりの詳細な工程や、黒麹菌の成長メカニズムについて丁寧にお話を伺いながら、蔵の中をご案内いただきました。
写真は、甕(かめ)貯蔵の様子と、オリジナルで設計したステンレス製の蒸留器。甕は土や産地の違いで呼吸の仕方が異なり、味わいにも影響するのだそうです。ステンレスの場合も、パイプの角度や長さといった細部によって、香りや余韻が変わるというから驚きます。
生き物である黒麹菌を観察しながら、外気温や湿度など季節の条件に応じて何度もテストを重ねる。数値だけでなく、最後は自分たちの舌で確かめて、泡盛の味を決めていく。
このあとのテイスティングでも触れるのですが、田場さんが目指すのは、ただ伝統を守ることではなく、造りたい酒、そして時代や地域に求められる酒を追求すること。
その真摯な姿勢が、蔵の静かな空気の中でひときわ印象に残りました。
米島酒造さんのお酒のボトル。久米島のきれいな海を連想させてくれます。
それぞれ好みのちぶぐゎー(沖縄の方言で、泡盛をストレートで飲む際に使う小さなおちょこ)を選んで、まずは度数の低い泡盛から試飲させてくださいました。
◎「青」(15度)
寒い冬の2月に造ったお酒で寒い冬の今一段と甘くなっています。異なる酵母で作ったお酒同士をブレンドした泡盛。割らずにそのまま飲むか氷を入れて飲むことを想定して作られたそう。非常に飲みやすく、今回参加した若い方からも好評でした。
◎「星の灯」(25度)「酒屋が選ぶ焼酎大賞」で日本一を受賞した実績があるほどの泡盛。
◎「久米島」(35度)酒販店にはあまり並ばず直売が主体だそう。そうお話を聞くと、皆さん目がキラキラしてきます。飲んだあと、甘さがよりはっきりわかる泡盛でした。
◎「お米の祝福」(50度)昔の米島の棚田風景がデザインされたラベル。久米島がもともとお米の島だったことによる米島酒造の名前の由来を表現しています。冷凍してシャリシャリで飲んでも美味しい。
◎美ら蛍(30度)熟成により、キャラメルやチョコレートを思わせるような香りがします。しかし、何より印象的だったのは、この「美ら蛍」という泡盛を造ることにした経緯です。
久米島の大田地区は、古くから泡盛をお湯割りで楽しむ文化が根づく地域だといいます。そこで田場さんは、お湯で割ったときにより甘みが引き立つよう研究を重ね、美ら蛍の商品化に至ったのだそうです。
さらに、ハイボールを好む現代の嗜好に合わせ、泡盛を炭酸で割っても美味しく味わえる酒質を追求。米島酒造さんは、地域の文化や風習、そしてそこに暮らす人々の声を丁寧に反映させながら、酒造りを“深化”させると同時に、時代に合わせて“進化”も続けていらっしゃいました。
皆さん好みの泡盛をみつけ、購入。名残惜しくも、一路、本島へ戻ります。
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