開催日時:2025年10月14日
「牛が牛らしく、人が人らしくあるのが良い―。」 その想いのもと、やんばるの大自然の中で “循環型放牧”を実践するINAHO FARM(イナホファーム)。今回は、その飼育現場を訪れ、仔牛肉の魅力を体感する視察交流を実施しました。
この牧場では牛舎を設けず、牛たちは24時間365日、自由気ままに過ごしています。緑豊かな自然の中でのびのびと育つジャージー牛からは、乳脂肪分が高くコクのあるミルクが搾られ、雄の仔牛は「国産の仔牛」としても希少な存在です。
また、牛の排せつ物をそのまま肥料として活用し、野菜やハーブの栽培、養蜂にも取り組むなど、自然の恵みを巡らせ、互いに循環させながら、地域資源を多面的に活かした持続可能な農業モデルを実践しています。
当日は、次のような流れで視察交流が行われました。
生産現場を訪れて学ぶことで、食と命のつながりを感じ、沖縄の食に新たな価値を吹き込むヒントを得ることができた、貴重な一日となりました。
ファームの敷地は、なんと東京ドーム35個分!50万坪の広大な自然の中で、自由に歩き回る牛たち。牛舎はどこにもありません。
やんばるの秘境のような森の奥深くに位置するINAHO FARM。
少し不安になりながらも案内に従ってオーシッタイエリアの山の中を進んでいくと、看板が見えてきました。
中へ入ると、若いお二人が笑顔で迎えてくれました。
渡嘉敷まどか氏(INAHO FARM 専務)
「牛舎を持たない私たちは、朝に搾乳をするだけ。草しか食べていないグラスフェッド牛の排せつ物はにおいもなく、それが肥料となって良い土をつくり、また牧草を育てる。牛たちがありのままの姿で生活できるよう、人はその環境を整えるだけ。その循環の中で、ミルクフェッドの仔牛が育ちます。」と、まどかさん。
INAHO FARMでは、こうした考えのもと、広大な自然放牧の環境で山地酪農を行うほか、養蜂や果樹、ハーブ、野菜の栽培にも取り組み、県内外の飲食店へ出荷しています。また、循環型の営みを体感できる体験学習の受け入れも行っています。
渡嘉敷 哲氏
「牛も人もストレスフリーでほぼ自然のまま。楽しいです。」と語るご主人。
まどかさんからウェルカムドリンクとして、ジャージー牛乳が配られます。
ジャージー牛は全国の乳牛のわずか1%にも満たない希少な品種です。
体も小さく、乳量が少ないため生産効率は高くありませんが、その分、乳脂肪分が非常に高く、濃厚でコクのあるミルクが得られます。
その品質は“イギリス王室御用達のミルク”として知られるほど、世界的にも高く評価されています。
石の階段を降りて、早速放牧地帯へと向かいます。標高186mから80mにかけての高低差がある山間部を切り開いたこの牧場。奥には石を積んで造られた焚き火・キャンプファイヤーサークルやピザ窯があり、その周りにテントを張って過ごすこともできるとか。ここでは、牛の生態や循環型酪農を学びながら、敷地内にある滝へのガイドツアーを行うこともあるとのこと。まさに“絵になる風景”が広がる場所でした。
写真左側の大きな樹々は「レンブ」。6月から9月頃にかけて赤い果実をつけます。
その実は牛たちも大好物。実がなる季節になると喜んで食べにやってくるのだそう。
敷地内には沢もあり、牛たちは美味しいお水を飲み、季節の実を味わい、自然の草を食べる。この幸せな牛たちは現在、全部で9頭。
これ以上頭数が増えると、広大な放牧地であっても牧草が足りなくなるため、今の頭数を保っているとのこと。増やす時は敷地内の山をさらに開拓する必要があるのだそうです。
お産も自然に任せ、人の手は一切介在しません。
お腹の大きなお母さん牛は、広大な敷地の中から自ら産む場所を選びます。1週間前に生まれたというこの仔牛も、ある朝、気づけばお母さんのそばに立っていたそうです。
「ここは牧場ですが、みなさんが想像するような“牧場のにおい”がないのが特徴です。牛たちは草しか食べておらず、穀物は一切与えていないため、排せつ物のにおいもほとんどしないんです」と、まどかさん。
そう話しながら、何でもない様子で彼女が手に取ったのは、その場に落ちていた牛のふん。すっかり乾いており、パラパラと地面に崩れ落ちるほど。
言われて初めて、動物園や牧場にあるような、特有のにおいが一切しないことに気づきました。
まどかさんは続けます。
「私はここでハーブや野菜を育てていますが、牛の排せつ物をそのまま堆肥にして畑にまいています。肥料価格が高騰している今、自分たちの手で資源を循環させられるのはとても大切なこと。ここでは、グラスフェッド(牧草のみで育てられた)牛の排せつ物を活用し、完全に自然の循環の中で作物を育てているんです。」
「自然放牧は普通の牧場よりも大変ではないですか?」という問いに対し、まどかさんはむしろ自然放牧のほうが“楽”だと語ります。
牛舎がないため、掃除も不要で、人も牛も“好きなように生きる”というのがINAHO FARMのスタイル。人間が行うのは、朝の搾乳だけ。その時間になると、牛たちは自ら並んで待つほどルーティン化されているそうです。
牛は自由に草を食べ、排せつし、ストレスのない環境で暮らします。人間の役割は、その環境を整えることだけなのです。まどかさん自身も、農業では水をほとんど撒かない生活をしています。雨が降る前に種を蒔き、自然のサイクルに寄り添って作物を育てる。日々の営みそのものが、自然との共生を体現しています。
彼女はこう言います。
「若い人たちに新しい農業の在り方を知ってほしい。私たちのやっていることには、よく言われる“3K(きつい・汚い・臭い)”なんてないんです。きつくないし、汚くないし、臭くもない。」
この“きつくなく・汚くなく・臭くない”農業こそ、新しい農業のかたちとして社会に伝えていきたいと語ってくれました。
排せつ物は乾燥し、土へ還り、牧草を育む。その牧草を食べて、牛が育つ。さらに野菜やハーブを育てる。そんな“命がめぐる農業”の現場を五感で体感した、印象深いひとときとなりました。
続いて搾乳エリアへ。
朝の決まった時間になると、牛たちは搾乳してほしいかのように並んで待っているそうです。
広大な自然の中で牧草だけを食べ、ストレスの少ない環境で暮らす“グラスフェッド牛”(穀物を与えずに育てる牛)から搾られるミルクは、乳脂肪分が高く、自然の恵みが凝縮された濃厚な味わいになるのだそう。
一方で“グラスフェッド牛”の搾乳量は1頭あたり1日5〜10リットルとごくわずか。一般的なホルスタイン牛(1頭あたり1日20〜30リットル)に比べると、かなり限られています。それでもINAHO FARMでは、健康的で安心できる“質”にこだわり、より本質的な循環型オーガニックを目指しているそうです。
一行は、新たに開墾が進む畑エリアへと移動。
現在この場所では、キャッサバやマコモダケといった作物の栽培が検討されています。どちらもレストランからの需要がありながら、沖縄県内ではなかなか手に入りにくい食材です。
「沖縄の気候に適しながらも、まだ栽培例の少ない作物を生産していく」という、新たな農業の可能性にチャレンジしようとしています。
(写真左)キャッサバ。タピオカの原料としても知られています。
果樹エリアのグァバの木。もぎ取った実を手渡された参加者の中には、その場で口にする人も。
樹の上で完熟したグァバは甘くて美味しい。
広大な敷地の中には、シークヮーサーや食べることもできるハイビスカスの花、ヘゴ、オオタニワタリなど、自然の恵みがあふれています。
続いてハーブエリア。
クワンソウの花を摘み取ります。睡眠の質を高めることが期待され、最近ではハーブティーとしても人気。
クワンソウ、レモングラス、ローゼル、エディブルフラワー、紫ウコン、バジルなど、さまざまなハーブや植物を栽培しています。
(写真中央)手のひらのような形をした葉を持つのが、地元で“アサグラ”と呼ばれるフカノキ。
この木は、冬になると、白い可憐な花を咲かせ、そこからミツバチが蜜を採取します。沖縄本島では、やんばるにしか自生していない樹木です。
地元では、この蜂蜜を「苦あまみつ」と呼び親しまれていますが、INAHO FARMではこの貴重な蜜に「ビターハニー」と名づけ商品化して販売しています。
その名の通り、ひとくち食べると、ほろ苦さと優しい甘さが広がり、不思議と心に残る味わい。 ビターチョコレートやコーヒーと相性が良さそうで、スイーツやドリンクへの活用にも期待が高まります。
自然と共生しながら、地域に根ざしたストーリーを商品として届ける。まさに、この場所ならではの魅力です。
日本で流通している仔牛肉の多くは外国産で、国内での生産は希少です。 そんな中、沖縄で国産の仔牛肉が手に入ることに驚く参加者の方もいらっしゃいました。
特に、フランスで修業を積んだ料理人の方々からは、「国産の仔牛が、しかも沖縄で手に入るなんて本当に驚きました。」 「フランスでは、仔牛に筋肉がつかないよう屋内で飼育し、太陽に当たることなく出荷されるのが一般的です。」
という声もあり、沖縄という土地での新しい食材の可能性を感じさせられました。
INAHO FARMでも、出荷用の仔牛は乳牛に比べて運動範囲が制限されたエリアで育てられます。生後およそ1週間で母牛と離され、専用の「仔牛広場」で丁寧に飼育されており、この育て方もまた、全国的に見ても珍しい取り組みの一つといえます。
視察のあとは、本事業アドバイザー・角谷健氏による、ファームで育った仔牛肉の試食が行われました。今回は、プロの料理人たちが多く参加していたことから、一般的なヒレやロース、内臓など、普段はあまり使われない部位を使った料理が提供されました。
角谷 健氏(L’origine / ロリジン 代表、本事業アドバイザー)
沖縄を拠点に、出張料理や料理・スイーツの商品開発、店舗運営などに広く携わり、生産者と店舗、地域を結ぶ活動に取り組んでいる。恩納村に1日1組限定の貸切レストラン「Bon Côté(ボンコテ)」を主宰。
(お皿中央)①【INAHO FARM仔牛ネック(首肉)のパテ・ド・カンパーニュ】
黒の琉球漆器に美しく盛りつけられて運ばれてきたのは、INAHO FARMで育った仔牛の首肉を使った、風味豊かなパテ・ド・カンパーニュ。しっかりとした味わいとしっとりとした旨みを引き立てるように、3つのこだわりの付け合わせが彩りを添えます。
これらの副菜が、力強い肉の味わいに緩急をつけ、奥行きを生み出していました。 仕上げには、先ほど見学した畑で育っていたフレッシュなローゼルの葉が添えられ、目にも鮮やかな一皿に。
②【INAHO FARMの低温調理した仔牛のトウガラシ肉と沖縄野菜】
「トウガラシ」とは、肩甲骨付近にある希少部位で、唐辛子のように細長い形をしていることからこの名が付いています。
今回は、そのトウガラシをハーブ・ニンニクと一緒に丁寧に低温調理し、香ばしくソテー。そこへ、きゅうり・長命草・島ニンニクを使った爽やかなソースをたっぷりとかけることで、程よい歯ごたえと赤身肉ならではの凝縮された旨味が際立ちます。
付け合わせには、INAHO FARMの畑で採れた冬瓜を、花穂紫蘇とともにマリネ。
さっぱりとした風味が口の中をすっとリセットしてくれました。さらに、仔牛の出汁で火入れした、美らシイタケとゴーヤも添えられ、旨味と苦味が絶妙なバランスで調和した一皿となりました。
③【INAHO FARMの仔牛ハチノス(2番目の胃)とやんばる泡盛】
牛には4つの胃がありますが、そのうち2番目の胃「ハチノス」は、六角形の網目模様が蜂の巣に似ていることから名づけられました。
このハチノスを、やんばるで造られる地元泡盛「まるた 44度(粗ろ過)」と水だけでじっくり火入れし、もろみで味付けをした一品です。
トッピングには、沖縄伝統の揚げ菓子「アンダカシー」を使用。そのサクサクとした食感と、INAHO FARM産ヨーグルトを使ったまろやかなソースが、ハチノスと見事に調和します。
噛むほどに味わい深いハチノスに、アンダカシーの軽やかな食感、そしてヨーグルトの爽やかな酸味とコクが重なり、まさに自然の恵みと技の融合を感じる一皿でした。
④【INAHO FARMの低温調理した仔牛の心臓 炭火&牧草焼き】
INAHO FARMで大切に育てられた仔牛の心臓を、ハーブとニンニクとともにじっくり低温調理。
その後、牧草の香りをまとわせながら炭火で丁寧に焼き上げることで、コリコリとした独特の歯ごたえと、澄んだ旨味を最大限に引き出します。
「余計な味付けはせず、素材そのものの力を感じていただけるようにしました」と角谷さん。
赤い琉球漆器の上に、色鮮やかな食材が層を重ねるように美しく盛り付けられています。 一番下には、爽やかな香りが広がるナーベーラーのフーチバーマリネ。その上に、香ばしく焼き上げられた心臓肉が堂々と配置され、さらに赤オクラのマリネ、赤パプリカのスモークマリネ、美らシイタケの軸、ラディッシュのスライスが順に重ねられ、目にも鮮やかで、美しさと味わいの両方が楽しめる一品です。
仕上げに、赤ドラゴンフルーツ・シークヮーサー・ハラペーニョ・オニオンを合わせた爽やかで刺激的なソースをたっぷりとかけ、さっぱりとした心臓肉に甘みと酸味、ほんのりとした辛味が調和しています。コリコリとした食感の心臓肉に、多彩な野菜とソースの風味が重なり合い、食べ進めるほどに新たな発見がある、記憶に残る一皿でした。
⑤【INAHO FARMの仔牛 前スネ肉のブランケット】
仔牛の前スネ肉を、香味野菜とハーブでじっくり煮込み、仕上げにミルクでやさしくとろみを加えた「ブランケット仕立て」のひと皿。しっとりとやわらかく煮込まれたお肉は、口に入れた瞬間にほろりとほどけ、ミルクのまろやかさが全体をやさしく包み込みます。
付け合わせには、INAHO FARMの畑で育った青パパイヤを使用。仔牛の出汁で火入れしたあと、ほんのりと琉球山椒の香りをまとわせて、さわやかな辛みと香りが、まろやかな煮込みの合間に口の中をすっとリセットしてくれます。
濃厚さと清涼感の絶妙なバランスが楽しめる、やさしくも奥深い一品です。
⑥【INAHO FARMミルクの可能性】
マシュマロのようにふわふわとした食感で、ほんのりと甘く、口の中でやさしくとろけます。
プリンのようなぷるぷるの食感。口に含むと、レモングラスの爽やかな香りとともにやさしい甘さが広がります。
甘みを抑えたミルクとヨーグルトが、ギモーブとブランマンジェの味わいをしっかりと支え、全体をバランスよくまとめます。
それぞれを単体で味わうと、甘いもの・甘くないもの、それぞれの個性を楽しめますが、3つをスプーンに取り、一度に口に運ぶと──
ふわふわ、ぷるぷる、なめらか。食感のハーモニーとともに、甘みと酸味が絶妙に混ざり合い、「面白い!」と思わず声が漏れるような、楽しいひとときとなりました。まさに、INAHO FARMのミルクが持つ“可能性”を感じる一皿でした。
牛も、人間も、自然に逆らうことなく、ありのままに。すでに循環型農業を実践しているINAHO FARMさんですが、今後は、この広大な敷地内に自生する植物資源の活用にも、さらに取り組んでいく考えだそうです。ヘゴやオオタニワタリの新芽は、すでに飲食店へ出荷されていますが、例えばヘゴの葉を使ったポットの製作や、葉がハート型の観葉植物としても人気のクワズイモを、開業祝いなどの縁起物として販売していく構想もあるそうです。
参加者の方にお話を伺いました。
米山 康晴氏(ヒルトン沖縄瀬底リゾート 料理長)
現在、乳牛についてはすでに取り扱わせていただいておりますが、実際の飼育環境を自分の目で確かめたいと思い、今回訪問させていただきました。仔牛にも非常に興味はあるのですが、私たちはホテルでの提供を前提としているため、常時メニューに載せるには一定量を安定して確保できることが重要です。その点では現状ではまだ難しい面もあると感じました。ただ一方で、「沖縄らしい食事」をご提供するという観点から見ると、このような地元の自然とともにに育まれた食材はとても魅力的だと思います。
大湾 絵梨子氏(松尾芭商 代表)
私は現在、那覇市・松尾で、こだわりの食材や食品、調味料を扱うニューローカルコンビニエンスストアを運営しています。県外でもPR・販売活動を行っているため、「しっかりとしたこだわりのある商品」を扱いたいという思いがあり、今回はその“発掘”も兼ねて参加させていただきました。
実際に現地を訪れてみて、まずスケールの大きさに圧倒されました。こんな場所で生まれる商品と、OEMでコラボレーションができたらいいな、とも感じました。
私たちはお客様と直接コミュニケーションを取りながら商品を販売するスタイルなので、まずは手に取りやすい小さいサイズの「ビターハニー」や「ヨーグルト」などを、一緒に開発・販売できたらとても嬉しいです。オーガニックで魅力的な背景を持つ商品は、県内外を問わずきっと多くの方に喜ばれると思います。
「今日は料理人の方にも来ていただき、ファームを見ていただいて、案内するのもとても楽しかったです。」と語る渡嘉敷夫妻。晢さんは「料理の提案も、珍しい部位を使っていてすごく美味しかったですし、参加された方がどんなお肉を必要とされているのか、その要望を直接伺うこともできて、とても意義深い交流会になりました。」と話します。
「日本でも、ここまで徹底したオーガニック環境が整っている場所は、そう多くありません。だからこそ、ここから“日本一のオーガニックブランド”を目指したいと思っています。」まどかさんは、最後にそう力強く語ってくれました。
自然に逆らうことなく、循環のリズムに寄り添いながら暮らす。その生き方は、とてもシンプルで、けれどとても豊か。
若い力で「ここにしかないもの」を楽しみながら、一生懸命に未来を育てている姿が印象的でした。
その循環の中のひとつにあるのが、希少な「仔牛肉」。ただの食材ではなく、地域の自然と人の思いが詰まった、価値ある命の恵みです。そしてそれは、沖縄の新しい魅力づくりの可能性でもあります。
生産者、料理人、商品開発の担当者。立場は違えど、想いはひとつ。
この場所から生まれる“おいしい循環”を、みんなで力を合わせて育てていきましょう。食という力で、沖縄の魅力を、もっともっと広げていけるはずです。
今回も皆さんお疲れさまでした!