「おじいちゃんが88歳(トーカチ)になった」「子どもが生まれた」「受験に合格した」…など、今でも祝い事のたびに親族が集まるという素晴らしい風習が残る沖縄。そんなハレの日のごちそうとして振る舞われてきた「ヤギ(ヒージャー)料理」は、沖縄の食文化を語る上で欠かせない郷土料理のひとつです。
島であるが故に食糧事情の変化が大きい沖縄では、雑草でも育つヤギは家畜として重宝され、疲労回復などクスイムン(薬になるもの=滋養食)としての役割もあり、豚と同様、貴重なたんぱく源として古くから食されてきました。
しかしこのヤギ肉、特有のにおいが強いという理由から、昨今、若者を中心にヤギ料理離れが進んでいると言われています。この事態に待ったをかけるべく立ち上がったのが玉城畜産の玉城照夫さん。においを抑えた上質な県産ヤギを飼育していると聞き、その取り組みを学ぶべく、飲食関係者の皆さんと牧場に伺いました。
皆さん集合してご挨拶。
玉城畜産を経営する玉城さんは、県畜産試験場に長年勤めて得たノウハウを活かし、くせのないヤギ肉を生みだすことで今帰仁産ヤギのブランド化に役立てればという思いで活動を始めたそうです。牧場入口には「大型・多産系統山羊研究会」「地道にコツコツと!」と看板が掲げられており(冒頭の写真)、玉城さんが目指す姿勢が刻まれていました。
「くせのないヤギを育てている私が一番くせが強い」時折ユニークな発言をする玉城さん。
<玉城畜産代表/玉城照夫さん>玉城畜産を経営する玉城さんは、県畜産試験場で長年務めた経験を持つ、畜産のプロ。
玉城さんが培ったノウハウや、そこから生まれるアイディアを基に育てたヤギは業界でも注目度が高く、沖縄の地元新聞など、メディアにも多数掲載されている。
飼育小屋に入ると、まず迎えてくれたのは、110キロにもなるとても大きな雄ヤギ。沖縄の公園などで見かけるヤギを想像していると、それをはるかに超えた大きさに驚きます。
個体の大きなパパヤギ
美らヤギは3種類のヤギを掛け合わせています。
〇ボア種・・・・・食肉用として有名な品種で、茶色と白が所々混ざりあった毛並みが特徴。
〇ザーネン種・・・搾乳用の品種で、真っ白な毛並みが特徴。スイス原産の品種。〇ヌビアン種・・・最近、注目を集めている新しい品種。食肉、搾乳どちらにも使え赤身と脂のバランスがとても良いと言われている。
3つの品種の掛け合わせは、豚肉では「三元豚」と同様の交配方法。品種を掛け合わせることで、短所を補い長所を最大限に活かすことが可能になります。
長い時間をかけて改良された個体の大きな雄ヤギが玉城畜産ではパパになります。産まれた子ヤギには、自家製の配合発酵飼料や牧草を与え、15か月で80㎏に成長するよう目指しているそう。
雌ヤギは、一度に多くの子ヤギを出産する、多産系統の個体をママに選抜。近親交配を避けた個体を識別し、生後8カ月でママの仲間入りです。今ではママヤギ30頭から年間60頭の子ヤギが産まれるようになりました。
1.去勢の実施
雄ヤギは生後3カ月ほどで去勢を行い、臭みの原因となるマーキング臭や雄同士のケンカを防止します。去勢されたヤギはとてもおとなしくなりますが、互いの体を傷つけ合わないよう角を切り、脚の爪が伸びると、玉城さんが一頭一頭、ご自身の手で切って手入れをします。
2.与えているのはオリジナルで作る独自飼料
雑草だけ食べても育つと言われるヤギですが、より良い飼料を食べることが食肉を良質にし、ひいては食した人にも優れた影響を与えるのだそう。玉城畜産では食肉の数値をデータ化し、人に与える効果効能の研究も行っています。その結果、マメ科・イネ科の牧草も自分たちで作るようになりました。
ビール粕とこだわりの〇〇(企業秘密ということでここでは〇〇としておきます)などを約2週間で乳酸発酵させ独自配合した飼料は、袋から出した瞬間、泡盛のような良い香りが漂います。
こだわりの飼料を食べて育つ美らヤギの精肉に含まれる油脂には、美肌効果・健康効果があると言われる不飽和脂肪酸が一般のヤギと比べ2倍以上含まれているのだそうです。一方、コレステロールや生活習慣病の原因となる飽和脂肪酸は、一般のヤギの約半分。美らヤギは、良質な栄養価をもつと報告されています。
※沖縄今帰仁産ブランド山羊肉「美らヤギ」HPより
食べやすく、ヘルシー。ここまで良質のヤギ肉が安定して生産できるようになったのは、玉城さんが飼料の量や種類を変えては数値を取り、テストを繰り返すなど努力を重ねてきたからこそ。まさにコツコツ精神の賜物です。
3.飼育環境の工夫
玉城畜産の飼育小屋は、ヤギの排せつした糞尿がそのまま小屋の外へ排出され清潔な環境を保つ、高床式を採用。小屋に入っても、動物園などで感じるあの独特なにおいは一切ありません。参加者からは『においもしないし、毛並みもいいし、お風呂に入れているのですか?』という質問が飛び出しました。
飼育小屋は、子ヤギの部屋、パパの部屋、ママの部屋、雄ヤギだけの部屋、少し勢いのある性格の雌ヤギの部屋など、年齢、性別、性格ごとに分けられ、ヤギたちはそれぞれ集団で部屋ごとに飼育されています。
飼育小屋の網の下の様子です。ヤギ小屋の足元はこのように網になっており、すべて高床の下に落ちる仕組み。尿はそのまま土に吸収、糞は自然に乾燥された後、近隣の農家さんへ販売されます。良い飼料を食べたヤギの糞は、肥料としても優秀で、ドラゴンフルーツやブドウが甘くなるそうです。
糞尿のそばに近づいても全くにおいがしません。
今回は玉城畜産からほど近い『長堂屋』さんにご協力いただき、ヤギ料理を出していただきました。いよいよ「美らヤギ」の実食です。
<「美らヤギ」ロース肉のしゃぶしゃぶ>
地のもの同士は、やはり相性バツグン。島野菜がしゃぶしゃぶのヤギ肉の味を引き立てます。最後の雑炊はすべてのエキスが融合し、最高の逸品でした。
<「美らヤギ」の刺身>左から①ボイルした皮②ロース薄造り③モモ④生の皮⑤ロース厚造り⑥ホホ
ヤギの刺身は、皮目と赤身の間の脂から特有のにおいが出るものですが、さすが「美らヤギ」、全く臭みを感じません。お肉本来の味わいが楽しめます。
<「美らヤギ」焼肉>①ヒレ②ロース③カシラ
続いて、玉城さんの育てた美らヤギを自らの店で提供している、ヤギ料理居酒屋『よっちゃん。』の店主、当山さんからも山羊料理のご提案をいただきました。
<「美らヤギ」の焼きロース>「美らヤギ」の脂は、良質で臭みのないマイルドな味わいが特徴。その脂で焼いたロース肉は、柔らかくさっぱりとした味わいの中に、甘味と旨味が感じられます。ヤギ肉であることが信じがたい一品でした。
<「美らヤギ」バラ肉の炙り>刺身でも食べられるお肉は、新鮮で歯ごたえがよく、炙ることで香ばしさも感じられ、玉ねぎ、ポン酢と柚子胡椒がベストマッチしていました。
臭みを一切感じることのないヤギ肉「美らヤギ」だからこそ、一般的なヤギ料理であるヤギ汁や刺身にとどまらず、唐揚げや炙り、ロース焼きなど多様なチャレンジができる食肉であることを実感。
参加者の方からは「本当にくせがなく、これがヤギなのかと思うほど、食べやすいお肉でした。僕はヤギ料理が大好きで、くせの強いヤギ料理を好む僕からすると、少し物足りなく感じたことも事実です。ですが、今、そのくせを受け入れられない方や食わず嫌いな方もいらっしゃいます。今に合わせて進化しながら、両方存在し、文化を継承し続けていく事が大事だと改めて感じました。」との感想コメントがあり、印象的でした。
またもう一つ、玉城さんが育てた美らヤギを、自らの飲食店で提供するとともに、その美味しさを広く発信すべく、一頭買いして解体、輸送から加工、販売までを担い、ブランド化に取り組んでいるのが若者たちであることも印象に残りました。
今回、焼きロースや炙り料理などを提供いただいた当山さんほか2名が代表を務める「合同会社美らヤギ」では、ヤギ肉の卸売のほか、山羊情報サイト「CHURAYAGI」にて通信販売も行っています。若い力が、沖縄の食文化継承の一翼を担っていることに、頼もしさを感じました。
「酒処よっちゃん。」の店主、当山義弥さん
合同会社美らヤギ 代表社員の宮城正嗣さん
合同会社美らヤギのPR担当 北澤隆明さん(中央)
試食会の最後は、今帰仁山羊生産組合 事務局長の濱田さん手づくりの美らヤギの乳を使ったシェーブルチーズ(ヤギのチーズ)とアイスクリームが登場。
ご自身で試作したシェーブルチーズとアイスクリームを持参してくれた今帰仁山羊生産組合 事務局長 濱田朗楽さん。
1か月間熟成させたシェーブルチーズ
まだ試作段階とのことですが、シェーブルチーズ特有の臭みが美らヤギの乳であることからマイルドになり食べやすく、商品化が待ち遠しい!
また、欧米では一般的であるシェーブルチーズが、沖縄県産素材を使い沖縄の食文化として発信されることを想像するとワクワクしてきます。
「大型・多産系統山羊研究会」「地道にコツコツと!」。
玉城さんの情熱から始まった夢は、一人、また一人と仲間たちを増やしながらさらに大きな夢へと広がりつつあります。
「今後は、ペットのように大人しい美らヤギだからこそ、お世話係として障がい者さんを雇用できるようにしたい。」
玉城さんもまた新たな夢を胸に、そのチャレンジは続いていきます。
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